萬斎さん観賞と日本画修得の日々

能楽や展覧会の観賞の感想を書いています

「子午線の祀り」を観る

ついに熱狂の日々が終わってしまいました。

日を重ねるごとに、
萬斎さんはどんどん知盛さまになってくし、
村田さんはどんどん民部になっていくので、
私も子午線ワールドに絡めとられてゆきました。

私は民部の
GoTo宋の国プレゼンが、
何故かとても好きです。

長門の国と九州のあいだをするりと抜けきりますとそこは響灘、続いて広々と玄界灘がひろがっております。」

って、プレゼンが始まると、
毎回ワクワク血が騒ぎ出してしまう。

「今この三月、続く四月の季節の風は、一年のうち最も都合よく彼の国へ船を吹き送ってくれます。」

とかって、もはや駆け落ちの誘いのよう。

この1stプレゼンの翌日に再び、
民部がGoTo宋の国を猛プッシュするシーンでは、
私は完全に民部サイドの気持ち。

「御座船をひしと押し包んで西流に乗ろうとなぜ申されません?」

と民部が迫ると、私も
「なぜ申されません?!!」と心中で叫ぶ。

色んなものから解き放って差し上げたい、と思ってしまう。

民部と知盛さまのベクトルが合わないのが、
もどかしいやら切ないやら。。。

でも、それだからこそ、私は知盛さまに惹かれるのかも。

義経にはビシッとベクトルのあった弁慶が居るのと対象的ですね。

それと!
義経が、
「天と地が覆っても勝つ!」
と言ってるのに対し、
知盛さまは、
「天と地が覆るか覆らぬか」と言っているのも、切ない。

能動の義経と受動の知盛さま。
受動っていうより、受け容れる、という感じでしょうか。

”すべてはそうなるはずのことであった”論に則れば、
確かに知盛さまは、「覆るか覆らぬか」と思っていたのだろうなーと納得してしまうだけに、切ない。

それとも義経も、もう少し先のステージ(たとえば、「安宅」の頃)では、知盛さま論のような思いを抱くようになるのかしら。

あとはですねー
知盛さまが、扇を下向きに持って、揃えた足を90度に開いて立つポージングが繰り返し出てくるんだけど、あのお姿がめちゃくちゃ好き。

・・・と、好きなシーンを挙げていくと、もーぉ キリがありません。

とろこで、義経
「神もっとも澄んで総てのこと瞬時に見え・・・」のシーンですが、

3/29のポストトークで萬斎さんが「モーセ十戒」と仰ってて、

おおっ、
あの海の中に道ができるヤツね!
と、
すごーく共感しちゃったけど、

後で考えたら、
きっと、十戒じゃなくて、
モーセの海割り」と仰るつもりだったのでは?

なぜか通じちゃいましたが。